筆者について

マイストーリー*1* キッチンカー開業までの軌跡

ー そのバイタリティ、どこからくるの??? ー

【キッチンカー始めました】
2019年10月。アジアンカフェのキッチンカーを愛知県でOPENしました。
末っ子が幼稚園卒園を控えた1月に
「キッチンカー、やりたい!」
と思い立ってから、約10か月後の実現でした。

周りのママ友や家族にも、「言ったら叶うって言うし!」と、会う人会う人に話しました。
1週間前に思い立っただけなのに。笑

まずは勉強!と、書店で「移動販売車のはじめ方」みたいな本を3冊買って、夢中で読み漁りました。
ワクワクが止まらなくて、あれも良いな、これも良いな。
頭の中は常に自分のお店を作り上げる事でいっぱいでした。

おっと、自分の中でだけ盛り上がっていてはいけない。
結婚生活10年の間で、自分なりに模索し学んだパートナーシップの秘訣も持っていたので、
“旦那さんは絶対味方につけた方がいい。”
“いや、味方にしなきゃ絶対上手くいかない。”
“なんでも話して相談しまくろう。(自分の中では答えが出ていたとしても)”
と、ある意味戦略的に家族も巻き込んでいきました。

子どもたちにも、全然形になっていない段階から夢を語り、どう思う?と意見を聞き、
応援したい存在として自分を認識してもらえるように、気持ちを共有していきました。


【立ちはだかるお金の問題】
当然の事ながら、キッチンカーといえども開業するにはまとまったお金が必要ですよね。
薄々、気づいてはいたのですが・・・
本当に、どっからくる自信よ、と自分に突っ込みたくなりますが、、
やっていくうちに、なんとかなると思ってました。
自由にできる貯金もないのに。笑

どの本を読んでも、また開業までのステップをまとめたどのサイトを見ても、
「120万円~500万円」くらいが相場でした。

考えた打開策は
① メニューでやっていきたいタイ料理のお店で、修業させてもらいながらお金を貯める
② 自分の好みは押し殺して、フランチャイズとして費用面をカバーしてもらって始める。
③ 先輩キッチンカーにお願いしてノウハウを学びながらバイトさせてもらう。
④ 国金でお金を借りる。

どれも一長一短ありましたが、思い立ったら早く始めたくなっちゃうタイプなので、
「国金でお金を借りる」にチャレンジする事にしました。

結果は惨敗。
経験もない貯金もないパート主婦には信用もなく、貸して貰えませんでした。
結構、ショックでした。
更に、それを報告したところ。
味方になってくれていた旦那からも、まさかの言葉が返ってきて・・・
「ストライクゾーンが広めな国金の人が、計画を見て貸せない、っていう事は、事業計画的に今の状況では厳しいんじゃないかな。経験とか積んで、何年後かにしたら?」

ごもっとも。

冷静な見解がグッサーと刺さり
せっかく芽生えた芽が雑草のように踏みつぶされたような気持ちになり
ちょっと泣きました。


【救世主あらわる!】
お金が借りられなくて落ち込んだ私ですが、便利な性格なので、
「や、なんかやっぱり方法はあるはず」
と、全然あきらめるという選択肢はなく、アンテナを張りながら毎日を過ごしていました。

すると2か月後!なんと・・・
旦那の叔父さんから
「軽のワンボックスを売ろうと思ってるけどいる?」
と、神のような連絡が・・・!

「いります!喉から手が出るほど欲しいです!!」

当初は軽トラタイプの、“これぞキッチンカー”という車両を思い描いていましたが、わがままを言ってる場合ではありません。

ついに念願の、「車両」を手に入れる事が出来ました!
テッテレーーー
9月30日の事でした。


【一気に加速する開業までの1ヵ月】
車両を手に入れた私は、無敵でした。
キッチン部分の内装業者に制作を依頼すると高いので、
全て自分で手作りする!
と、苦手な設計図を描き、ホームセンターで材料を買い集め、
仕事が終わった後の夕方16時~日が落ちる18時頃まで
毎日コツコツと作り進めました。

楽しくて仕方なくて、2週間で完成しました。
完成と同時に、食品営業許可をもらうため、保健所へGO!
一発合格がもらえ、営業可能に!

お金が借りられなくて先が見えなかった期間に
メニュー研究やコンセプト作りをして。
講習会に参加し必要な資格を取得していたおかげで、
いざ営業可能になった時には、調理器具を揃えるだけでOKの状態でした。

そして、ついに。
10月30日。
想いの詰まった手作り号で、OPEN。

周りの人たちからは、
「そのバイタリティ、どこからくるの???」
と、大変不思議がられました。

それはですね・・・

それは、 次章 マイストーリー*2*でお話します。 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました(^^)